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読んだ本リスト3

2015/05/09 09:37
引き続き。


性欲の科学 なぜ男は「素人」に興奮し、女は「男同士」に萌えるのか
CCCメディアハウス
オギ・オーガス

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ふしぎなキリスト教 (講談社現代新書)
講談社
橋爪 大三郎

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ゆかいな仏教 (サンガ新書)
サンガ
橋爪大三郎

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割合で覚える和の基本
日本放送出版協会
村田 吉弘

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読んだ本リスト2

2015/05/09 09:37
引き続き読んだ本リスト。


「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか? (光文社新書)
光文社
2014-09-17
中野 円佳

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(日本人) (幻冬舎文庫)
幻冬舎
2014-08-05
橘 玲

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会話力がアップする英文法のレッスン
NHK出版
田中茂範

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原子爆弾雑話
2013-10-21
中谷 宇吉郎

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工学部ヒラノ教授の事件ファイル (新潮文庫)
新潮社
2014-12-22
今野 浩

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読んだ本リスト

2015/05/09 08:48
もうすっかりサボっているけど読んだ本のリストでも載せておく。順不同。


方法序説 (岩波文庫)
岩波書店
デカルト

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科学の社会史〈下〉経済成長と科学 (岩波現代文庫)
岩波書店
廣重 徹

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神社に秘められた日本史の謎 (歴史新書)
洋泉社
新谷 尚紀

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ニッポン「酒」の旅 (新書y)
洋泉社
山内 史子

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「働くこと」を問い直す (岩波新書)
岩波書店
山崎 憲

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99.996%はスルー 進化と脳の情報学 (ブルーバックス)
講談社
竹内 薫

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吉田調書を読んでいます

2014/10/06 04:15
すっかり書くのをサボっていた。最近は文章を書こうという欲が少し減っている気がする。

最近公開された吉田調書を読んでいて、とりあえず吉田元所長と菅元首相の分が終わりました。吉田元所長の調書がメインではありますが、ここで書くのは菅元首相のインタビューの話。

私はこの人を好きにはなれないし、事故当時はむしろ足を引っ張る要因の一つだったと思うのであまり持ち上げるつもりはないけれども、調書を見ると割とまともんことを考えていたんだなとは思いました。特に最後のコメントにおいて脱原発の話をしていて、日本という社会が原子力の危機管理をやっていけるのかということを問題にしているのですが、これは的確な意見だという気がしています。

最近思うのは、危機管理という点においては、原子力をもつということと軍隊をもつということはかなり似ているのではないか、ということです。これは核燃料物質の保有が潜在的核兵器保有になるとかそういう話ではなく、危機的状況が発生したときに、それを収束させるための対応の仕方が似ている、という意味です。仮に他国から攻めてこられれば、自衛隊は命をかけて国民を守らないといけないわけですが、原子力災害が発生したとき、原子力の危機対応チームは、それと同じくらいの覚悟で臨まなければならないはずなのです。吉田所長は当時、人員が足りない、従業員にこれ以上被ばくさせれない、ということを必死に訴えていて、なんとかそれでもプラントのコントロールと従業員の安全を確保しようとやり通したのですが、それがプラントのリーダーとしては正しくても、原子力災害の危機対応としてはベストではなかったようにも思えます。

今回はまだ水際で最悪のシナリオは避けられたけれども、これがどうにも避けられそうになく、対応メンバーの被ばく云々を考慮していられなくなった場合はどうするのかということを考えなければならないわけです。アメリカなら軍隊が命を懸けることになるのかもしれないが、日本の場合は自衛隊がそれをやることになるのか。あるいは原子力災害スペシャリストを養成しておいて、そういう人間にやらせるのか。いずれにせよそういう部分の法整備は不可欠になると思うのだけれども、その辺はどうなっているのかは私も勉強していないのでわからない。(原子力機構とか職員4000人くらいいるんだから、普段は研究開発だけでなくそういうスペシャリスト養成にもあたっておけばいいと思うんですがね。今回の事故においても多数駆り出されたわけで、単なる研究開発法人としておくのはむしろもったいないと思う。)

以前、護憲派と反原発派がだぶって見えるといったようなことを考えていたのだけれども、その理由が少しわかったような気がしています。それはおそらく、核兵器の問題に限らず、原子力推進と軍隊保有の類似性に起因しているのではなかろうか。

しかし、軍隊というのはいわば代替のきかないものであるのに対し、原子力発電というのは代替手段がたくさんあるわけで、当座であれば火力発電をばりばりやって、残り少ないと思われる化石資源を消費し二酸化炭素をいっぱい出して貿易赤字を拡大させればいいわけだけれども、そういったことを考えるとやっぱり日本では原子力をやっていられないんじゃないかなとも思えてくる。

難しい問題です。
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スペイン雑感

2014/07/17 11:12
スペインに行ってきました。マドリッドはちょっとだけ、おおむねブルゴスという小さい町にいました。以下、思ったことを箇条書き。

建物の概観は統一感があるので街並みが美しく、だらだら歩いていても飽きない。しかし落書きとゴミが多くて大変残念。

地下鉄は大変便利。一日乗り放題券を買えばマドリッド市内のメジャーなところはどこでもいける。

マドリッドは物乞いも多かった。スペイン人に聞くと、最近は経済状況もよくなってきたらしいが、それでもまだ失業率などは高いのだろうか。

マドリッドの観光客が訪れるような場所では大道芸人みたいな人たちや露店商がいっぱいいたが、それも仕事がないからか?(いてはいけないはずのマウス的なヤツもうろうろしていた)

地図を見ながら歩いていたら、露天商の商品を踏んづけてしまい、露店商の兄ちゃんにブチギレられた。買い取れと言われるかと思ったが、態度のでかい私にはそこまで言ってこなかった。たぶん違法なのだろうと思うが、警察を呼んで話をしようといわれると面倒だったからだろうか。

タンクトップの男二人組みがいっぱいいて、全部ゲイに見えてきた。

食い物はパン+肉、と言うのが基本で、野菜がやたら少ない。

ペットボトルとかの飲み物がクソ高い。

夜はバルでタパスを食べ、21〜22時くらいにレストランで晩飯を食べるそうです。18時とか19時とかにはレストランは営業していない。

ブルゴス名物モルシーリャはよかったです。

しかし食文化が発達している、という感じではなかった。ブルゴスは内陸部なので、魚はあまり多くないようす。肉が多くて昼飯で出てくる肉がいつもがっつりしていて結構食べるのが大変でした。しかしまあどれも美味いので、短期滞在であれば飽きることはない。

ブルゴスは小さい街なので、今回でほぼ行くべきところは行ききったか。

スペイン人は日本人並みに英語が出来ない。むしろ日本人の方が、ひととおりちゃんと勉強している分英語でコミュニケーションの素地があるかもしれない。まあ簡単な単語なら誰でもわかるようだが。大きな違いは、誰に対しても気にせずスペイン語で話しかけるところだろうか。

大抵のレストランは英語のメニューがあるのでなんとかなる。が、今回泊まったホテルのフロントもあまりこちらの英語を理解してくれなかった。

スペインは節電意識が結構強く、電気をなるべく消したり空調の温度を制限したりしている。やはりEUだからか。

そんなところか。ヨーロッパは観光すると楽しいな。アメリカは観光するところがない。
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中南西部を回ってきました。

2014/06/20 05:42
今の私の立場は非常に宙ぶらりんで、職場からは受入れ先の就業規定に従うようにいわれているのですが、
受入れ先からすれば、別に給料を出しているわけでもないわけですから、勤務時間や有給休暇を管理するわけにもいかないので、実際のところ私は休みを取りたいと思えばいくらでも取れてしまうし、別にさぼっていても誰にも怒られないという、実にやりたい放題な日々をすごしています。いや、真面目にやることはやっているんですけどね。

というわけで、先週土曜から月、火と休みを取ってグランドキャニオンとブライスキャニオンに行ってきました。いろいろな都合があって、アルバカーキ(ニューメキシコ)→グランドキャニオン(アリゾナ)→ブライスキャニオン(ユタ)→デンバー(コロラド)という行程になり、アメリカ中南西部4州をレンタカーで制覇したのです。このあたりは本当に道がひたすらまっすぐで周囲に何もなく、最初は感動して窓の外を眺めているのですが、景色が変化しないので飽きることもしばしば。うーん、結構疲れた。まあ、運転していたのは8割方職場の同僚でしたが。

グランドキャニオンは本当に圧巻で、確かにこれはアメリカにきたら一度は見に行っておいた方がいいと思います。スケールがでかすぎて立体感がなく、写真を見せられているような気分でした。装備をそれなりに整えればグランドキャニオンの中をトレイルできるのですが、普通の観光ルートを回るだけでも結構歩きました。ブライスキャニオンはまた違った景観で、こちらは中を歩いて間近で眺めることができました。

まあユタ州あたりを車で走っていると、実際グランドキャニオンみたいな丘陵が延々と続いていて、なんかだんだんグランドキャニオンの有り難味がなくなってきてしまったのですが、まあ、とにかく凄いところです。

さて、ここからが本題。このあたりの地域は土地が豊かではなく降水量も少ないので、とにかく辺りは荒涼としていて、せいぜい低木林くらいしかないので、その壮大さに息を呑むと同時に同僚の一人はimpressiveだけどmiseryを感じる、と言っていたことに共感します。

実際、この周辺はほとんど住んでいる人がおらず、ずっと離れたところに小さな集落というか村のようなものがある程度です。そこもなんでこんな何もないところに住んでいるのか理解できないようなところで、農業をやっているわけでもなく、本当によくわかりません。何らかの理由があるのでしょうが、町暮らしが嫌いだといっても生活品を
手に入れることなどを考えたらもっと町に近いところで空いている土地が山ほどあるだろうが、といいたくなります。

いずれにせよこの辺の土地は、比較的豊かそうで農業や酪農をやっているところも含めて、ほとんど地下水にその原資を頼っているので、地下水がなくなると土地は完全に荒廃して人間は住めなくなるでしょう。現にこの地域の地下水の減少は大きな問題になっていて、この地域の将来を想像すれば想像するほど、そして人間社会が滅んでいく先にこのような未来があるのだと想像するほど、どうしても儚さがこみあげてきてしまうのです。そんな話を同僚に英語で説明しようとしたのですが、私の英語力でうまく伝わったのかどうかは良く分かりません。

そういう意味ではデンバーに近いところの方が、自然が豊かで景色も美しく、ユタからデンバーに移動する途中は妙にホッとさせられました。やはり日本人は緑豊かな方が心が落ち着くのでしょうか。

途中、おそらく日本人が絶対に観光や仕事などでは訪れることのないであろう小さな小さな村のモーテルに泊まったりなどして、良い経験が出来たと思います。真面目に仕事するよりこういうことの方が人生経験にはなりますよね。

もうひとつ気になったのは、ユタ州の農村部をずーっと通ってきたのですが、ここにはびっくりするくらい黒人がおらず、ヒスパニック系も少なく、ほとんどが白人だったことです。この国の歴史を反映してのことでしょうが、都市部には(主に低所得者層として)黒人やヒスパニック系が溢れかえっているので、それに見慣れてしまっている私にはものすごく奇妙に感じられてしまいました。これもまたこの国の一面なのでしょう。
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人種のるつぼを実感中

2014/06/09 12:20
アメリカ人は誰に対してもまずは遠慮のない現地の英語で話しかけるが、そりゃ確かにそうなるだろうな、というくらいいろんな人種がいる。白人、黒人、ヒスパニック、中東系、アジア系エトセトラ。そしてアメリカに住んでいるのだから、基本的には皆英語を話す。彼らの多くはアメリカの中でローカルに生きているわけで、そんな風にさまざまな人種が混ざり合っているような状況は世界的に見て非常に特殊であるという事実には気づかないのかもしれないし、むしろ英語がしゃべれない人間がいるということ自体に驚くのかもしれない。

以前からロードバイク関係で知り合いが増えているが、仕事の延長線上では付き合うことのないタイプの人間と知り合いになれるので、それはそれで面白いかもしれないと思い始めていて、もしかしたらアマチュアサイクルチームに入るかもしれない。そこは黒人が多いし、アメリカっぽい崩れた(?)英語を話す人が多いせいで全然聞き取れない(し、私の英語も聞き取ってもらえない)が、むしろそういった状況がアメリカのマジョリティの部分なのだと思う。相手を見て話し方を決めるタイプの人間や、ある一定以上の教養をもっている人であれば、どういう風に話せばこちらが理解できるのかを考えて話すし、その結果リエゾンや音の省略をなるべく減らして明瞭な英語をしゃべってくれるのだが(要はニュースキャスターが話す英語に近くなる)、そういうことがわかない人もここでは少なくない。まあ、チャリを趣味にするということはそれなりに生活に余裕があるということなので、階層的には中の中とか中の上以上なのだろうとは思うが、こんなアジアの小国からきた拙い英語しかしゃべれない人間にそこまでいちいち気を遣うのも面倒だと思う人もいるだろう。第一、私と仲良くなったところで、彼らには大してメリットがないのだから。

いずれにせよ、そういった場所では私は彼らと同レベルの英語(というより英会話力)を目指すべきで、最近はそういうことをいくらか勉強するようにしています。早い会話の流れについていけるくらいには上達したい。最近は静かなところで一対一で話すならほとんど問題はなくなってきたのだが。
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自転車との付き合い方が変わりそう

2014/05/27 13:45
こちらはランニングクラブもサイクリングクラブも山ほどあるのだが、ガチのサイクリングクラブの人たちと先週からちらほら関わっているうちに、もう逃げられないような気がしてきたw とりあえずアメリカのサイクリングライセンスはとってしまったし、今度レースにも出るのだが、そのうちどこかのチームに入ることになってしまいそう。いや、自分が望まなければ入らないのだが、入ったほうがいいよとそそのかされ、きっぱり断れないがゆえになんとなく入ってしまう、みたいな。

今日もサイクリングに参加して90kmほど走ったが、車で並走してビデオ撮影したり、終わってからBBQをしてハンバーガーを食べながらビデオ鑑賞したりとか、こっちの人は実に自由なものです。交差点で100人くらいが普通に止まってて車の通行の邪魔をしまくっているし、そんなことを日本でやったら確実に日本では警察に怒られるのですが、別のイベントではむしろ警察がバイクの先導をやって交差点で車を停めてくれたりと、いやアメリカの警察は絶対そんなに暇じゃないだろと突っ込まずにはいられません。

まあ自転車のレースに出たりするのはいいのだが、こちらにいるうちはむしろ観光とか日本ではできない他のこととかをやりたいので、あまり時間を取られるのもよくないのだが、かといって運動不足にもなるわけにはゆかない。バランスをうまくとりたいところなのに、ライセンス登録時はCategoryが5で、4に昇格するには10レース出なきゃだめだけどそんなのすぐだよとか言われて、まあそりゃそうかもしれんが、月に何回レース出りゃいいんだよ。。。幸い日本での生活と違って、平日もアフターファイブは割と時間に余裕があるので、平日のレースも出られるのだが(というかそもそも平日の夕方にレースをやって出場する人間がいるというのが日本人には驚き)、まあ運動がてらレースに出ようかなあといったところ。通勤で一人もくもくとチャリを漕ぐよりは、社交性が含まれる分よいのかもしれない。

しかしこちらの人間は絶対日本人よりむやみにアグレッシブというか後先考えていないところがあるので、事故率(落車率)がかなり高い気がする。なんでこんなに道路がぼこぼこなのに気にせず突っ込むのこの人たち。日本で自転車に乗っているときもやはり事故や落車を気にしていたのに。事故って大けがしたら、それこそ何しにここに来てんのよって感じですね。少なくとも一般道を走るイベントは頑張らないでおこうと思う。
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アメリカの母国語は英語か?

2014/05/25 13:05
と思えるほど、いろんな言葉を耳にする。一番多いのはスペイン語だが、いずれにせよちょっと郊外に出れば英語以外の言葉をしゃべっている人間を多く見かけるし、街中でも結構そういうのは驚くことではなくなっているようだ。

彼らは身内では母国語を話し、外では英語を話す、という形になるため、ほとんどはバイリンガルということになる。そうするといつまでたってもまともに英語をしゃべれない日本人(いや、別に日本人でなくてもいいのだが)を見ると、どうしてしゃべれないのかが不思議に思えるのかもしれないし、日本人が学校で必死に英語を学ぶ姿が奇怪に見えるのかもしれない。まあ、私も今後死ぬまで必死に英語を勉強したところで、今自分が使いこなしている日本語のレベルには到達しないだろうから、彼らにとって不可解な存在であるのだろうと想像する。

とはいっても、彼らがしゃべる英語は実際のところそれほど複雑なものではないし、私と決定的に違うのは、なんでもちゃんと聞き取れるかどうかということと、瞬間的に英語をアウトプットできるかどうかの2つなのだろう。難解な単語をいくつ知っていてもしゃべることができない日本人と、日常で使う単語しか覚えていない彼らのどちらが英語を使いこなせていると言えるだろうか。まあどちらでもいいけど。

いずれにせよ、そのうち本当に母国語として英語を使う人間が駆逐されてしまうのではないかという勢いでそういう人種は増えているみたいなので、そのうち本当に母国語を英語とする人は少数派になってしまうかもしれない。この間そういう図を見たな。各州で将来どの言語が母国語になるのか、みたいな。
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健康食品志向はアメリカ人の好物のひとつ

2014/05/22 11:30
ジャンクフード大国アメリカのリバウンド現象なのかどうかはわからないが、この国は本当に食の安全というものが大好きで、ラジオでもそんな話をしょっちゅうやってます。あるある大辞典的な感じで。

The 22 Worst Foods You Could Possibly Put In Your Body…#16 I Just Can’t Believe.
http://likemuch.com/the-22-worst-foods-you-could-possibly-put-in-your-body-16-i-just-cant-believe/

こんな記事も大変良く見かけるし、よくFBとかでシェアしていたりします。特定の食品をダメ出ししてとにかくオーガニックが健康にいいと考えるのは単なるフードファディズムだよ、と私は言っているのだが、どうにもそういうバランス感覚は備わっていないらしい。食育という概念がそもそも存在しないからだろうか。日本はそういう点では圧倒的に進んでいると思う。それでも問題がたくさん発生しているのだから、いわんやアメリカをや、ですね。

もちろんこうした一種の偏った志向は、アメリカではインテリ層に限られたものであって、多くの人は気にせずジャンクフードを食べるから人口の70%が肥満だと言われるわけです。この国の食のあり方をよいよい方向に導くのは、相当難しいと思う。
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英会話を上達させよう

2014/05/01 13:06
基本的に英語なんざ出来が悪くても、相手に自分の下手な英語をわかるように努力してもらえばいいと思っていて、相手にそう思わせるだけの他の要素があればよいと私は思っているのだが、こちらに住んでいるとそういうわけにもいかないので、最近は心を入れ替えてそれなりに努力をしようとしています。聞く方については強制的にそういう状況が発生するのだが、話す方は下手をすればほとんどやらなくても乗り切れてしまうので、そちらをむしろ意識して努力すべきだろうと思う。てことで夜な夜なパソコンに向かって英文をそらんじているわけだが、なんとも虚しく思えてくる。しかしこれをやらないとたぶん私の年齢では1年住んでも上達はしないだろうと思う。

まあとりあえず今でも、電話でなんとかやっと車の保険の契約を行うことができるくらいにはなったのだが、やはり細かいところでわからなかったりもするし、ネイティブ同士の会話はなかなかついていけないし、その会話にどうやって入り込めばいいのかわからない。文章を構成するのに時間がかかりすぎるんだな。もっと瞬間的に言葉を紡ぎだせないものか。それも訓練次第でなんとかなるのか。

テレビをもらったので家ではBGM代わりにニュースを流そうと思っているのだが、テレビの回線をつなぐケーブルを買っていなくて今はまだただの飾りです。
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なんやかんやでアメリカ生活満喫中

2014/04/07 06:47
しかし、この国はなにがあったとしても、誰それのせいで自分は悪くない、というのが基本スタンスなんだなと感じる。だからこその他国を容赦なく攻撃できる国になるわけか。友達なり身内にはやさしいが、そうでないものとの切り分けが激しいともいえる。あえてLoveとPeaceのような甘ったるい単語を強調するのも、人巣のるつぼであることを超えて、そういうものを赤の他人には与えられない人間が多いからなのだと思う。ラフプレーの多いサッカーでスポーツマンシップがやたら強調されるのと同じ論理。

単純に経済格差、教育格差が日本と比べて明らかに大きいからだと言ってしまえばそれまでかとも思うが。自分の範疇にない文化を感じ取るというのはそれだけでも面白く、また辟易することもしばしば。
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職業としての科学

2014/03/14 09:47
佐藤文隆著、岩波新書。

これ、思った以上に面白かった。科学者というのが職業になるのは実は結構最近の話で、実は明治以降なのだが、その点においては実は日本はあまり西洋諸国と遅れをとっていなかったことが、今の科学技術立国日本の下地になっているという。そうした科学が社会の中でどのように扱われてきたのか、ということが時代を追って記されている。

昔なら科学者といえば大先生であり、一部の選ばれた人間にしかなれなかったものだが、今となっては、本人が希望さえすればなれてしまうし、むしろ頭のいい人間は、こんな「割の悪い」仕事は選ばなくなってしまった。それは科学が社会全体の一部を担おうとする上である程度仕方がないともいえるが、その上で、今後の科学のあるべき姿を語っているのが本著である。科学に関わる人にはオススメ、そうでない人も、科学者ってどんなんなん?と思う人にはオススメ。


職業としての科学 (岩波新書)
岩波書店
佐藤 文隆

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トランス・サイエンスの時代

2014/03/14 03:58
小林傳司著、NTT出版。

科学が深く関係するけれども、科学だけでは解決できない問題のことをトランス・サイエンスといい、これはちょうど40年前に核物理学者のアルヴィン・ワインバーグが考えた言葉で、彼はその論著の中で、例えば低線量被ばくのリスクに関する問題などをかかげている。近年で言えば、他にもBSE問題や遺伝子組み換え食品など、科学が社会と深く関わる部分において実は多々発生している。

科学に根ざした技術が浸透するにつれ、こうした問題は大きくなっていく。これをどうやってコントロールするか、社会のなかでどうやってコンセンサスを得ていくか、そのためには市民や専門家は何をすればいいのか――それを解決するための「科学コミュニケーション」であるが、単に専門家(科学者)が市民に対してわかりやすく説明すればいいという簡単な問題ではないということは、福島での原発事故を経験してしまった今となっては自明なのかもしれない。市民は科学者が説明責任を果たしていないと怒り、科学者は市民が科学技術を正しく理解できていないと嘆く。このズレはいったいどこから来るのか、といったところから洗いなおさなければならない。

本書はそういった科学と社会とのかかわりから、トランスサイエンス的状況における意思決定の模索について一通り記されており、科学技術社会論の入門書としてよく出来ていると思う。専門家(科学者)はもちろん、科学とは縁遠い人にむしろ読んでもらいたい本である。本書の最後を以下に抜粋。本質を射抜いた含蓄のある言葉だと思う。

――トランス・サイエンス的状況は、科学技術の成果に大幅に依存した社会を選択したことの必然的な帰結なのである。われわれはいかに科学技術に投資をし、その研究を進めようとも、システムの巨大さに起因する不確実性からはのがれることはできないのであろう。世界は確率論的に描写され、「ゼロリスクはない」と専門家は言い続けるであろう。しかしこれは言い換えれば、いつでも災厄kが起こり得るということである。
 であるとすれば、奇妙な言い方ではあるが、「納得のいく」災厄であってほしい。トランス・サイエンス的状況における意思決定は、専門家の知の限界を見極め、トランス・サイエンスの共和国という拡大されたピアによって下す以外にない。もちろん、失敗は避けたい。しかし、究極のところ、われわれにできることは、合理的な失敗の方法の模索に尽きるのかもしれないのである。失敗するとすれば、納得して失敗したいではないか。トランス・サイエンスの時代、科学技術を使いこなすには、これくらいの覚悟がいるようである。





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科学コミュニケーション論

2014/03/03 02:06
藤垣裕子・廣野喜幸編、東京大学出版会。

科学技術関連の仕事をしている間では昨今頻繁に飛び交う言葉になった「科学コミュニケーション」だが、この本はいわば教科書なので、科学コミュニケーションに関するこれまでの歴史や各国の取り組み、その結果を概観した上で、そもそも誰のための、何のための科学コミュニケーションなのかを明らかにし、科学コミュニケーションの理論と具体的な方法論を述べている。

よく間違われていることだが、科学コミュニケーションは単なる市民の啓蒙活動ではないし、科学リテラシーの向上とは、単に科学的知識を備えることとは違っている。日本では、遺伝子組み換え、BSE、原子力などに関する科学コミュニケーション活動(この場合、リスクコミュニケーションとも言われる)が最近では行われてきたが、「痛みの感覚の欠如という生ぬるさ」があったことを本著は指摘している。要するに、社会で受け入れてもらうことを前提とした、証拠作りのための科学コミュニケーションだったということである。その背景には、市民は科学的知識に乏しいが故に反対するのであり、知識を注いでやれば理解が促進されるという「欠如モデル」の存在がある。それは部分的には正しいが、それだけでは決して社会と科学の溝は埋まらない――というのは、言われてみればその通りなのに、不思議と解消されないのは、ひとつに科学や科学者の驕りのようなものが潜んでいるからではないかと私には思われる。科学はいったいいつからそんなに横柄になったのだろうかと最近は良く考えている。

個人的な思いとしては、ここで出てくる「サイエンスショップ」というものを日本でも形にすることはできないかと思うのだが、そういうのって具体的に何をすればいいんでしょうね。「科学のおにいさん」をやってるだけではどうしようもないな、と。


科学コミュニケーション論
東京大学出版会

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女子・結婚・男選び――あるいは<選ばれ男子>

2014/03/03 01:20
高田里恵子著、ちくま新書。

高田里恵子のほかの著作を読もうと思ってこれを選んだが失敗。小説(主に私小説)から日本女性の生き方を語るという構造だが、私はそこまで文革青年ではなかったのです。内容は理解できても、出てくる小説をある程度読んでいなければこれは面白みがわからない。

中身をちゃんと確認してから本を買えよって話ですね、はい。


女子・結婚・男選び: あるいは〈選ばれ男子〉 (ちくま新書)
筑摩書房
高田 里惠子

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天空の蜂

2014/02/12 01:14
東野圭吾著、講談社文庫。

読もう読もうと思っていてずっと忘れていた小説。開発中の自衛隊ヘリが乗っ取られ、国内の全原発を使用不可能にしなければ原発に墜落させるという声明が出されるが、ヘリにはなぜか子供が乗っていて――云々。

単なる小説あるいはミステリ(もしくはサスペンス?)としてみたとき、読んでいてシンドイというか、胃もたれのするようなボリュームで、文章が長いというより現実の社会問題をかなり具体的に描いてしまっているので、単なるエンターテイメントとは見られなくなってしまうというのはもったいない。原子力に関わる社会的な問題がほぼ網羅されているのはすごいが、ちょっとやりすぎな感じもしてしまう。まあ本人が書きたかったのはそういうことなのだろうけれど。今なら映画化とかしたら話題を呼びそうだが、実際問題無理ですかね(笑) 個人的にはどの文献を探ったのかはすぐにわかってしまったので、いくらか萎えてしまったのが残念だが、それは仕方のないことか(「原発ジプシー」読んでるよね、とか)。

この小説においてもやはり東野圭吾らしく犯人は悲しい過去から犯行に及ぶわけだが、それにしたって犯行の目的が社会正義に走りすぎているところがちょっと気に入らない。探偵役が不在というか複数に分散してしまっているので、この物語の主人公は犯人ということになるのだろうし、そう思うともっと感情的であって欲しいところ。著者自身が元エンジニアであっただけに、エンジニアに対する敬意というか、愛着のようなものがあるんだろうと思う。以下は航空機のエンジニアである湯原と原発のエンジニアである三島の会話だが、このような科白を登場人物に喋らせられるのは、著者くらいしかないだろう。工学というものの本質を鋭く描き出している。

「なあ湯原、絶対に落ちない飛行機があるかい? ないよな。毎年、多くの死者が出ている。それに対して、お前たちのできることは何だ? 落ちる確率を下げていくことだろう。だけどその確率をゼロにはできない。乗客はそれを承知で、その確率なら自分は大丈夫だろうと都合よく解釈して乗り込むわけだ。それと同じなんだ。俺たちにできることは、原発が大事故を起こす確率を下げることだけだ。そしてやっぱりゼロにはできない。あとはその確率を評価してもらうしかない」
「いっていることはわかるが、その説明で納得できる人間は少ないだろうな。飛行機は、乗りたくなければ乗らないで済む」
「問題はそこだ」三島は頷いた。「原発が大事故を起こしたら、関係のない人間も被害に遭う。いってみれば国全体が、原発という飛行機に乗っているようなものだ。搭乗券を買った覚えなんか、誰もないのにさ。だけどじつは、この飛行機を飛ばさないことだって不可能じゃないんだ。その意思さえあればな。ところがその意思が見えない。乗客たちの考えがわからないんだ。一部の反対派を除いて殆どの人間は無言で座席に座っているだけだ。腰を浮かせようともしない。だから飛行機はやっぱり飛び続ける。そして飛ばす以上、俺たちにできることは、最善を尽くすことだけなんだ――

はじめの科白の最後「あとはその確率を評価してもらうしかない」というのは、安全工学の本質をよくあらわしていると思う。それが安全かどうか、あるいは受容可能かどうかを判断する部分は、科学でも工学でもないということを、もしかしたら当の原子力屋たちは理解していないのかもしれないと感じることがあるが、どうなのだろうか。



天空の蜂 (講談社文庫)
講談社
東野 圭吾

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グロテスクな教養

2014/02/07 00:50
高田里恵子著、ちくま新書。

大学の知人には「まだ読んでなかったのか」と言われそう。もっと早く読むべきだったと思うのだが、このいやったらしい文章をニヤニヤしながら読めるというのはどうなんだろうか。これくらいアイロニーを使いこなせるようになればいいなあとか思ったり。

これは非常に面白いので、是非みんなに読んで欲しいところ。なので細かいことは書かない。「知的マゾヒズムを刺激しつつ、一風変わった教養主義の復権を目指す、ちょっと意地悪で少しさわやかな教育論論!」(←誤字に非ず)、だそうです。

でも絶版してるっぽいですねコレ。


グロテスクな教養 (ちくま新書(539))
筑摩書房
高田 里惠子

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知の構築とその呪縛

2014/01/20 02:46
大森荘蔵著、ちくま学芸文庫。

妙なタイトルですが哲学の本です(たぶん)。タイトルはかっこいいが中身は???でした。何かの本でこの著作の引用が何度かされていたのですが、その際にも「批判はかなり多いが」という注意書きがついていたのには大いに納得してしまいました。読まないほうが良かったかな。

死物化がどうとか、日常描写と科学的描写の重ね描きがどうとかいう話が踊るんですが、結局何をどうしたいのかがよくわからないというか、「ああはい、そうですか。まあ好きなように考えればいいんじゃないですか」といった程度のことで、何らかの思考の展開がなされるというよりは、単に著者がそう思っているだけといった程度の内容としか思えませんでした。

科学が隆盛すればするほどオカルト的思考に傾くという現象は確かに世に存在するようで、そのメカニズムは明らかにしなければならないでしょうが、まあ科学はオカルトを論理的に否定することはできないというのはもちろんその通りで、ただそれはドヤ顔で主張するほどのことでもないと思います。そんな話がどこかに書いてあったのですが、それってこの本の趣旨とあんまし関係ないよね、というところもなんだかよくわからない。

科学と世間の乖離というものは今後非常によく考えていかなければならないことで、それには非常に興味があるのでこの本を手に取ったわけですが、もっと社会論に近いものを選ぶべきだっただろうか。

知の構築とその呪縛 (ちくま学芸文庫)
筑摩書房
大森 荘蔵

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銃・病原菌・鉄

2014/01/03 13:38
ジャレド・ダイアモンド著、草思社文庫。

「文明崩壊」も読んだ記憶があるが、若かりし頃に「世界ふしぎ発見」を毎週見ていた人間にとって歴史ミステリーは面白い。まあ最近はめっきり見てないけど。

本書は世界の勢力図が現代のような形になるに至った経緯を人類史を紐解きながら解明していくというもので、「銃・病原菌・鉄」とは、欧米諸国が他の地域を征服したときの武器ないしは要因を記している。大本は地理的、気候的、動植物の生態系が文明の発展や文化や技術の伝達に影響しており、それを総合的かつ統一的に解釈できるようにうまくまとめてあるのは、圧巻とでもいいましょうか、非常によくできていると思います。

ただ、ある程度は仕方のないことだが、やはり得意な分野とそうでない分野もあるようで、著者の場合、あまり極東アジアには明るくないような印象を受けます。中国が早くから高い文明を築きながら勢力を拡大しなかった、もしくはできなかった理由はあまりうまく説明できていないように見えるし、あまり深く考察されていない。また、言語学については専門ではないのならあまり言及するべきところではなかったと思う。漢字は非合理的なものを文化的束縛が原因で用いられているという風に著者は考えているようだが、中国語や日本語を記述するときにピンインやひらがなだけではわけがわかなくなるのは、我々には直感的に理解できると思う。詳しくは書かないが、鈴木孝夫のいうところのラジオ型言語とテレビ型言語の違いである。我々は文章を読む際、漢字をいちいち”発音”していない。

文章としては全体を通して繰り返しが多く冗長であり、もう少しコンパクトにならんのかと言いたくなりますが、どうやらそれは意図的なものであるようです。洋書は全般的にそういう傾向があるのが好きになれないというか、やはり日本人は日本人が書いた文章が読みやすいんだなと思います。



文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
草思社
ジャレド・ダイアモンド

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文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
草思社
ジャレド・ダイアモンド

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