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zoom RSS トランス・サイエンスの時代

<<   作成日時 : 2014/03/14 03:58   >>

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小林傳司著、NTT出版。

科学が深く関係するけれども、科学だけでは解決できない問題のことをトランス・サイエンスといい、これはちょうど40年前に核物理学者のアルヴィン・ワインバーグが考えた言葉で、彼はその論著の中で、例えば低線量被ばくのリスクに関する問題などをかかげている。近年で言えば、他にもBSE問題や遺伝子組み換え食品など、科学が社会と深く関わる部分において実は多々発生している。

科学に根ざした技術が浸透するにつれ、こうした問題は大きくなっていく。これをどうやってコントロールするか、社会のなかでどうやってコンセンサスを得ていくか、そのためには市民や専門家は何をすればいいのか――それを解決するための「科学コミュニケーション」であるが、単に専門家(科学者)が市民に対してわかりやすく説明すればいいという簡単な問題ではないということは、福島での原発事故を経験してしまった今となっては自明なのかもしれない。市民は科学者が説明責任を果たしていないと怒り、科学者は市民が科学技術を正しく理解できていないと嘆く。このズレはいったいどこから来るのか、といったところから洗いなおさなければならない。

本書はそういった科学と社会とのかかわりから、トランスサイエンス的状況における意思決定の模索について一通り記されており、科学技術社会論の入門書としてよく出来ていると思う。専門家(科学者)はもちろん、科学とは縁遠い人にむしろ読んでもらいたい本である。本書の最後を以下に抜粋。本質を射抜いた含蓄のある言葉だと思う。

――トランス・サイエンス的状況は、科学技術の成果に大幅に依存した社会を選択したことの必然的な帰結なのである。われわれはいかに科学技術に投資をし、その研究を進めようとも、システムの巨大さに起因する不確実性からはのがれることはできないのであろう。世界は確率論的に描写され、「ゼロリスクはない」と専門家は言い続けるであろう。しかしこれは言い換えれば、いつでも災厄kが起こり得るということである。
 であるとすれば、奇妙な言い方ではあるが、「納得のいく」災厄であってほしい。トランス・サイエンス的状況における意思決定は、専門家の知の限界を見極め、トランス・サイエンスの共和国という拡大されたピアによって下す以外にない。もちろん、失敗は避けたい。しかし、究極のところ、われわれにできることは、合理的な失敗の方法の模索に尽きるのかもしれないのである。失敗するとすれば、納得して失敗したいではないか。トランス・サイエンスの時代、科学技術を使いこなすには、これくらいの覚悟がいるようである。





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