ALARAの原則を正しく理解していない人間が多い

もう書くことないし発送電分離の話でもして止めようかなと思っていたのですが、最近どうにも気になることがありまして。

福島県内の学校校庭の空間線量について3.8マイクロSv/hを基準にし、この程度だと年間20mSv/年くらいになるだろうから、まあこれ以上の線量だった場合は土壌入れ替えや活動制限を設けたほうがいい、といったような指針があったかと思いますが、これはかなり批判があったようで、結局その後文科省は「可能な限り1mSv/年になるよう努力する」と付け加え、校庭の土壌汚染除去への対策については基本的に全て財政的支援をするということにしたようです。まあグラウンドとしては1マイクロSv/h以下にするのが目下の目標のようです。といいますか、逆にこれ以下にしようとすると結構大変です。

批判の理由としては、やはり20mSv/年や3.8マイクロSv/hという数字が高すぎる、ということで、普通の原子炉の放射線業務従事者だってそんなに普段被ばくしてねーじゃんとか、しかもその程度の被ばくだったのにガンになってしまった労働者に対して労災が下りていることとか、まあなんだかいろいろあったみたいですが、多くがALARAの原則を正しく理解していないが故の批判だったような気がします。文科省からすると20mSv/年という数字はICRPの提言に乗っかっただけの話なのでしょうが。

ALARAの原則というのはAs Low As Reasonably Achievableの略で、「合理的に達成可能な限り被ばく量を低減する」という原則です。これをAs Low As Possibleと勘違いしているのではないかという人が多く見受けられたわけですが、ICRPは放射線防護に関して、なるべく被ばく量は低減すると同時に、合理的でない防護を無理して行う必要はないということも言っています。放射線業務従事者(とはいってもピンキリなので被ばく量なんて全然違いますが)が普段している被ばく量と比較することはそもそも意味がないし、緊急事態である今とはまったく状況が異なります。適切に放射線管理がなされている環境を参考にしても合理的な結論は導かれません。

ここで考えるべきは、以下のようなシナリオかと私は思います。

20mSv/年までならICRPも大丈夫と言っているから心配ないだろう
→少なくともこの程度までの被ばく量には抑えるようにしよう
→それ以上に被ばく量を抑えるためにはどのような対策が必要か。そしてそれにかかる費用は?
→それらを実施した結果どの程度の低減が可能になるか?
→逆にそれによって生じる他のリスクはあるか?
→それらの対策が合理的に実行可能で他の新たなリスクが十分に小さければ実施し、なるべく低減に努める
→結果として校庭などの線量は○マイクロSv/年になり、年間被ばく量はおよそ△mSv/年となりそうだ。
→さらに低減するには。。。

これを逆の順序で進めると大変なことになります。例えば、上の△に1を代入して、一般公衆の被ばく量限度は1mSv/年なのだから、この程度に被ばくを抑えるにはどのような対策をとるべきか――ということになると、場合によっては土壌の入れ替えや屋外活動制限だけではどうにもならなくなってしまい、じゃあみんな移住しましょう、という結論になってしまう。そうなったときに損をするのは結局そこに住んでいる人々です。本末転倒です。

20mSv/年という数字に対しては、ALARAの原則にのっとって、相反する二つの意見を持っておくべきだと私は思います。

・20mSv/年とはいうが、できるならばそれ以上に低減するべき。
・ただし、これをいくらか低減したところで健康上のリスクに差は生じない。

2つの考えは矛盾しています。健康上のリスクが変わらないのであれば低減する必要などないのですが、それでも念のため低減しておこうと考えるのがALARAの原則です(※1)。

従って、後付で出てきた1mSv/年を「目指す」というのは、ALARAの原則にものっとっており、文科省はうまく批判をかわしたな、という風に私は思っています。本当にかわせているかどうかはわかりませんが、指針の出し方としては正しいと思います。まあ1mSv/年って、自然レベルと同等だということなので、それ以上下がることはないんですが。

逆に、批判すべきものとしては、3.8マイクロSv/hの方が高すぎてこれでは20mSv/年ではすまないのではないか、線量積算のシミュレーションがおかしくないか、といったところではアリかと思います。例えば内部被ばくも考慮すべきじゃないか、とか(私はいらんと思っていますが。流通する前にほとんど全部ストップするし)。

ちなみに、上の2点目については少し説明が必要です。放射線防護上、しきい値なし線量比例性仮説といって、どんなに低線量でも被ばくすればそれは健康上の(ガンなどの)リスクになる、という考え方をします。従って、少なければ少ないほど良い、ということになるのですが、実はある一定以上低い被ばく量になってくると、それが健康に及ぼしている影響は他の生活習慣などの差異にまぎれて判別がつかなくなってしまうほど小さいものになってしまうため、実質的には無視しても良いものといえます(※2)。そういう意味では、この20mSv/年という基準値を例えば10mSv/年としたところで、福島県在住者の発ガンリスクに変化が表れるということはまずもってあり得ないでしょう。

20mSv/年という数字がそもそも危険だと思っている人については、ICRPの専門家たちにぜひとも喧嘩を売ってもらいたいものです。世界の名立たる放射線防護に関する専門家集団が出した数字が間違っているというのですからねぇ。


※1 こういう考え方は別に放射線被ばくに限った話ではなく、工場などで使われる毒劇物や化学薬品などに対しても同様の考え方が取られます。当然ながら毒劇物なんてものは扱わないに越したことはないのですが、抱えるリスクよりも多くのメリットが得られるからこそ我々はそれらを利用するわけです。当然の話。

※2 少なくともこれまでの被ばく者に対する疫学調査の結果ではそうでした。もちろん、だからと言って今回も同様の結果が得られるとは限りませんが、まあ今までの結果から帰納的に結論を導くなら今回も同様となるだろうと考えるのが合理的な思考です。


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先週:76kgくらいをふらふら
月:75.0kg

この記事へのコメント

こすもす
2011年08月04日 20:17
こんにちわ。

除染について疑問を持っていた所、こちらのブログを紹介してもらいました。
私のような素人にも分かりやすく
除染が必要無いと思っている人にも まだまだ足りないと思っている人にも 両方に納得できる内容だと思います。

「リテラシーについて」と一緒に
福島の小児科の先生のブログのコメント欄に紹介したいと思いますが よろしいでしょうか。

http://blog.goo.ne.jp/yi78042/e/0753e643211a4a1cf841e6a482333847#comment-list

沢山の情報の中で悩んでいる福島の人に役立つと思います。
よろしくお願いします。
にゃも
2011年08月04日 23:54
こすもす様

コメントありがとうございます。

どこの馬のホネかもわからないような人間のブログに書かれたうさん臭い記事ですが、そんなものでよければご自由に紹介していただいて結構です。まあブログのタイトルがアレなので、それも気にならないようでしたら、ということで。

「リテラシーについて」も、こちらは論旨がちゃんとまとまっておりませんが、同様に自由に使ってくださって構いません。

福島県在住の方々を始め、多くの方が不確定で氾濫した情報に右往左往されている状況が続いておりますが、それはある程度は仕方のないことなのかもしれないと個人的には感じております。私としては、少しでも多くの方がご自身の納得した上での行動を取られること、そして、今回の件に関わる政策決定が科学的根拠に基づいた合理的な結論によって下されることを祈るばかりです。

今はこの件についての話をあまり書いていませんが、私のブログ程度でよければなんなりとコメントしてください。

よろしくどうぞ。
こすもす
2011年08月05日 08:03
お返事ありがとうございます。

県内では 危険か安全か・・
其々の価値観で 同じ情報を聞いても受け取り方に違いもあったりで、なかなか話がかみ合わない時もあります。

こちらのお話は 順序立てて噛み砕いて説明していただいて 私にもすんなり理解することができました。

不安な人が少しでも安心できると良いと思っています。

これからも お邪魔させてくださいね。
よろしくお願いします。
にゃも
2011年08月07日 01:28
なにか少しでもお役に立てたのであれば幸いです。

気が向いたらまた何か書いてみようと思います。今はちょっとブログにあまり手が回っていませんが。。。
あああ
2012年03月21日 17:40
まあここに書かれているものは、私がそう思うってだけの事でしか無いですね。
この人が言う合理的は、「私がそう思うから合理的」以上の理由もないと思います。
そもそもICRPを理解してないし。
にゃも
2012年03月22日 02:09
あああさん。コメントありがとうございます。

ニックネームを適当に(?)つけたあたり、おそらくは再度ここを見に来られることはないかと予想いたしますが、コメントに返事をしたいと思います。

具体的に何に反論されたいのかはよくわからないのですが、「私がそう思っているだけの事でしか無い」という点については、私はじつはかなり気を使っていまして、「私が考えていること、思っていること」と「科学的、学術的に広く理解されていること」は明確に区別できるように文章を書いているつもりです。それでもよくわからないなら私の文章力に問題があるということになりますが、その点についてはご容赦ください。精進いたします。

「合理的」な基準というものを設定するのは最終的には行政の仕事であり、私が考える「合理的」な基準とそれは一致していません。今回のようないわゆるトランスサイエンス問題においては、様々な要因が絡み合った結果として合理的な基準が決定されることになりますから、両者に乖離があったとしてもそれはおかしなことでは無いし、私はその点に不満を覚えているわけでもありません。

ICRPを理解していない・・・とは?どういうことなのでしょうか?
ASDF
2016年01月11日 14:10
なんて恥ずかしい記事だ。
国際がん研究機関による大規模疫学統計でリスクが明らかになり、チェルノブイリ作業員の追跡調査では10年で平均2mSVの被爆でも癌のリスク上昇が確認されているというのに、年間20mSVを「核種で汚染された地域で過ごす」なんて作業員より劣悪な環境なことは明らかで、疫学統計の結果を見れば病気は増えることになるとみるほかない。
ASDFに対する反論
2016年12月08日 11:01
2mSv/10yでも恐ろしいっていうのは
それこそ、ALARAの原則を考えると恥ずかしい意見なんだけど

自然放射線はどうすれば?
医者とか放射線技師とかパイロットとか職業被ばくしてる人はどうすればいいんですかね?
人類全員鉛のシェルターに詰め込むくらいしかできねえぞ

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